
横浜国立大学 大学院工学研究院 機能の創生部門 教授 福田 淳二 先生 にお話しをお伺いしました。
再生医療の社会実装についてお伝えします。
目次
インタビュー 「培養皿で髪の毛を生やす」オルガノイド技術と社会実装の最前線
「自分のお腹を開かずに済むように」人工肝臓開発が研究の原点
―― 本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、先生が研究の道に進まれたきっかけ、そして現在のテーマに行き着いた経緯についてお聞かせいただけますでしょうか。――
研究者になろうと意識したのは大学院生の頃ですが、最初のきっかけはもっと遡ります。もともと私は九州出身で、父がお酒をよく飲む人で、肝臓があまり良くなかったのです。
当時、肝臓が悪くなると「生体肝移植」という選択肢があることを知りました。肝臓は再生する臓器なので、家族などから健康な肝臓の一部を移植してもらうと、それが元の大きさまで回復するというものです 。日本では脳死移植が一般的ではないため、この生体肝移植が多く行われていました 。
もし父の肝臓がさらに悪くなったら、私が肝臓を提供することになるかもしれない。その大手術をしなくても済むように、「人工肝臓」を作りたいと思ったのが、研究を志した一番のきっかけです 。腎臓の人工透析の「肝臓バージョン」を作る研究室が九州大学にあったので、そこに進みました 。
多くの人を救うため、肝臓から「毛髪」の再生医療へ
―― ご自身の体験が原点なのですね。そこから、現在の毛髪再生医療にはどのようにつながっていくのでしょうか。――
肝臓の研究を続ける中で、再生医療には大きな課題があることに気づきました。それはコストです。人に使えるレベルの細胞を培養するには、非常に厳格な管理がされた細胞加工施設が必要で、何重ものチェックをクリアしなければなりません 。そのため、一人を治療するのに数千万円、場合によっては数億円という莫大な費用がかかってしまうのです 。これでは、広く普及する「医療」にはなりません。
そこで、まずは再生医療をもっと身近なものにするためのインフラを整える必要があると考えました。そのモデルケースとして「毛髪」に着目したのです 。毛髪は、肝臓に比べて少ない細胞数で治療が可能であり、治療を必要とする患者さんの数も非常に多い 。また、体の表面なので、治療効果が目に見えて分かりやすいというメリットもあります 。
まずは毛髪再生医療を普及させることで、細胞を加工する施設などのインフラを整え、将来的には肝臓をはじめ、様々な臓器の再生医療へとつなげていきたいと考えています 。
企業との連携で加速する社会実装、研究室とは違う世界の面白さ
――現在の研究の進捗や、特にPRしたい点について教えてください。――
我々の基礎研究が、いよいよ臨床応用の段階まで進んできました。最近、テレビなどでも取り上げていただいていますが、ロート製薬さんと共同で、毛髪再生医療の臨床試験を準備しています 。神奈川県の湘南鎌倉総合病院で、1年以内の臨床試験開始を目指して申請準備を進めているところです 。
――ロート製薬さんとは、どのような経緯で連携することになったのでしょうか。――
ロート製薬さんは目薬のイメージが強いかもしれませんが、実は再生医療に非常に力を入れていて、人に使える高品質な細胞培養液の技術をお持ちでした 。その培養液が、私たちの研究している毛髪の細胞を培養するのに非常に適していたのです 。
――基礎研究を社会実装する上で、面白いと感じる点や、逆に難しさを感じる点はありますか?――
大学で行う基礎研究と、製品を世に出す社会実装とでは、全く違う世界があるということを実感していますね 。製品として患者さんに届けるためには、ビジネス的な考え方も必要不可欠です。私自身もビジネススクールに通ったり、大学発ベンチャーを立ち上げてCEOを務めたりと、新しい挑戦を続けています 。
同じ技術やプロトコルでも、研究室で使うものと、患者さんに使う「製品」にするためのプロセスとでは、全く考え方が異なります 。この違いを学ぶことは非常に面白いですし、この経験は、次の基礎研究を始める段階から社会実装を見据える上で、必ず活きてくると感じています 。
10本の髪の毛が、無限の可能性に。未来の再生医療のカタチ
――先生が進めている毛髪再生医療は、具体的にどのような流れで治療が行われるのでしょうか。――
まず、治療を希望する患者さんの後頭部から、毛根の組織ごと髪の毛を10本ほど採取します 。それを細胞加工施設に送り、髪の毛を作る元となる細胞を培養して増やします 。そして、増やした細胞を再びクリニックに戻し、患者さんの頭皮に移植するという流れです 。
――従来の植毛とはどう違うのですか?――
植毛は、後頭部などから毛髪を数百本から数千本単位で採取し、そのまま移植する方法です 。しかし、この方法では採取した場所からはもう髪は生えてきませんし、移植できる本数にも限りがあります 。私たちの再生医療は、細胞を培養して増やすことができるので、この本数の限界という問題を解決できる可能性があります 。増やした細胞を凍結保存しておけば、必要な時にいつでも使うことも可能です 。
――まさにオーダーメイド医療ですね。――
はい。まずはご自身の細胞を使う「自家移植」から始めますが、将来的には、iPS細胞バンクのように、免疫の型が合う細胞をあらかじめストックしておき、誰でも使えるようにすることを目指しています 。そうなれば、患者さんご自身から細胞を採取して培養する手間もなくなります。
培養皿の中で「毛を生やす」。生命の神秘に迫る新たな挑戦
――先生が今後、特に挑戦していきたいと考えていることは何ですか?――
今、臨床応用を目指しているのは1種類の細胞を使った方法ですが、学術的にはさらにその先を目指しています。本来、髪の毛は2種類の細胞(上皮系細胞と間葉系細胞)が互いに情報をやり取りしながら作られます 。この「相互作用」の仕組みを解き明かし、培養皿の中で完全に再現することに挑戦しています 。
実は、私たちの体のほとんどの臓器は、この2種類の細胞の相互作用によって形作られています 。その中でも髪の毛が面白いのは、一度作られて終わりではなく、「ヘアサイクル」によって、抜け落ちてはまた新しく作られるというプロセスを生涯繰り返す点です 。つまり、臓器が作られる仕組みを何度も観察できる、非常に優れた研究モデルなのです 。
――培養皿の中で、髪の毛を「作る」のですか?――
はい。すでにマウスの細胞では、培養皿の中で2種類の細胞をうまく組み合わせてあげることで、髪の毛の組織をゼロから作り、ピンセットでつまめるくらいまで伸ばすことに成功しています 。 少し面白いのが、培養皿の中だと髪の毛が本来とは逆向きに、毛根側が外へと伸びてくるんです 。一見不思議な現象ですが、これにより移植の際に重要な毛根部分を傷つけることなく扱えるというメリットがあり、将来のヒトへの応用に非常に有望だと考えています 。現在の最大のチャレンジは、この技術をヒトの細胞で実現することです 。
研究から少し離れて。熱中していること、欠かせないもの
――少し話題を変えまして、研究以外で今、熱中していることはありますか?――
最近は、小学生の子供と一緒にマインクラフトをやるのに時間を結構使っていますね 。自分で材料を集めて、考えて、何かを作り上げていくというプロセスは、研究と通じる部分があるかもしれません(笑)。
――先生の研究に欠かせない、こだわりの機器などはありますか?――
タイムラプス撮影ができる顕微鏡ですね 。細胞から組織ができて、そこから髪の毛がニョキニョキと生えてくる様子を動画で見せるのが、どんな言葉で説明するよりもパワフルです 。百聞は一見にしかず、で、研究の面白さや可能性を直感的に伝えるために最も欠かせない装置です。
これから研究者を目指す君たちへ
――最後に、これから研究者を目指す学生さんや若い世代の方々へメッセージをお願いします。――
研究は、多くの時間と労力を費やすものです 。だからこそ、誰かに言われてやるのではなく、自分が本当に「面白い」と思えること、心から興味を持てることを見つけてほしいと思います 。自分で考えて、誰もやったことがないことにワクワクしながら取り組むことができれば、時間はあっという間に過ぎていきます。そういうテーマを見つけられると、研究生活はとても幸せなものになるはずです 。
――先生の研究室では、学生さん自身がやりたいテーマに挑戦できるのでしょうか。――

もちろんです。例えば、学生が「自分の病気を自分で治すんだ」と言って、再生研究に取り組んでいる事例もあります。それこそが最高のモチベーションになりますから。私の研究室が髪の毛の研究を始めたのも、大学1年生の学生が「ここ(福田先生の研究室)で研究がしたい!」と飛び込んできたのがきっかけでした 。皆さんの尽きない好奇心と情熱が、新しい科学の扉を開くと信じています。
――ご自身の原点から未来への壮大な挑戦まで、大変興味深いお話をありがとうございました。――
先生プロフィール情報

今回のインタビューでは、神奈川県横浜市にある「横浜国立大学」の福田研究室にお伺いさせていただきました。
福田 淳二 教授
現職:
横浜国立大学 大学院工学研究院 機能の創生部門 教授
横浜国立大学 先端科学高等研究院 主任研究者(兼任)
神奈川県立産業技術総合研究所 グループリーダー
株式会社TrichoSeeds 代表取締役社長
研究分野:
ライフサイエンス(生体医工学、生体材料学)、ナノテク・材料(ナノマイクロシステム)、バイオ機能応用、バイオプロセス工学
発表論文・著書・特許情報(抜粋):
1. 『バイオプリンターを用いた毛包原基の調製と毛髪再生医療への応用』「日本人工臓器学会誌,p. 51,50(1)」2021.
2. 『生細胞ルシフェラーゼアッセイを用いたFGFシグナルかく乱作用解析による発生毒性評価』(共著)公益社団法人 日本生化学会 2023年4月25日
3. 『ヒトiPS細胞を用いた複雑臓器の成形加工と移植医療への応用』「実験医学,羊土社,33(8),pp. 1259-65」2015.
略歴(抜粋):
2013年1月 – 2017年12月:横浜国立大学 大学院工学研究院 准教授
2018年1月 – 現在:横浜国立大学 大学院工学研究院 教授
2018年1月 – 現在:神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC) プロジェクトリーダー
2023年4月 – 現在:横浜国立大学 総合学術高等研究院 教授(併任)
受賞等(教育活動含む):
・日本工学教育協会 工学教育賞(文部科学大臣賞) (2020年09月)
・バイオインダストリー奨励賞 (2020年)
・TERMIS ASIA-PACIFIC Best Poster Presentation Award (General) (2023年)
引用: researchmap (https://researchmap.jp/junjif)
専門用語解説
再生医療 /Regenerative Medicine
病気や怪我によって失われたり、機能が低下したりした身体の組織や臓器を、細胞や人工的な材料を用いて再生し、元の機能を取り戻すことを目指す医療分野です。福田教授が取り組む毛髪再生は、この再生医療の一環です。
生体肝移植 /Living Donor Liver Transplantation
健康なドナー(提供者)の肝臓の一部を、肝機能が低下した患者に移植する手術です。肝臓が持つ高い再生能力を利用した治療法で、日本では脳死肝移植と並行して行われています。福田教授が研究を志すきっかけとなった医療技術です。
細胞培養 /Cell Culture
生物の体から取り出した細胞を、体外の管理された環境(温度、栄養、湿度などを調整した培養器の中)で増殖させる技術です。再生医療において、移植に必要な数の細胞を確保するための基盤となる、非常に重要な技術です。
臨床応用・臨床試験 /Clinical Application・Clinical Trial
基礎研究で得られた新しい治療法や医薬品を、実際の患者さんの治療に用いることです。その安全性と有効性を確認するために、人に対して行う試験を臨床試験と呼びます。福田教授とロート製薬の共同研究は、この臨床試験の準備段階にあります。
上皮系細胞と間葉系細胞 /Epithelial and Mesenchymal Cells
私たちの体の多くの臓官は、上皮系細胞と間葉系細胞という性質の異なる2種類の細胞が、互いに信号を送り合う「相互作用」によって形作られます。髪の毛も同様で、この2つの細胞が協調して働くことで毛包(毛を作り出す器官)が形成されます。この相互作用のメカニズム解明は、臓器再生の根本原理の理解に繋がります。
ヘアサイクル /Hair Cycle
髪の毛が生え始めてから抜け落ちるまでの一連の周期をヘアサイクルと呼びます。「成長期」「退行期」「休止期」の3つの段階を繰り返します。生涯にわたって組織の再生が繰り返されるため、ヘアサイクルは臓器が作られる仕組みを研究する上で、非常に優れたモデルとされています。
産学連携 /Academia-Industry Collaboration)
大学などの学術研究機関(アカデミア)と民間企業(インダストリー)が協力し、共同で研究開発や事業化を進めることです。大学が持つ独創的な研究シーズ(種)と、企業が持つ製品化のノウハウや資金、販売網などを組み合わせることで、研究成果をより早く社会に届けることを目指します。
まとめ

この度は、福田先生が研究者としての道を志すきっかけとなった出来事から現在の研究に繋がる貴重なお話をありがとうございました。
肝臓の再生医療の実現のため再生医療のインフラを整える必要があり、
毛髪再生医療に着目したプロセスにつきまして理解できました。
臨床応用の段階まできているとこのことで、先生の研究が医療現場にて使用されれば、
再生医療の更なる希望になると思います。
改めて、偉大な研究に携わらせて頂いてることをインタビューを通して実感いたしました。
また、現場では学生の皆様にご対応頂くことも多く、研究に向き合う姿にパワーを頂いております。
これからも福田先生、研究室メンバーの皆様のお力になれるように努めて参ります。
今後も益々のご活躍をお祈り申し上げます。
(インタビュー担当:狗飼(理科研神奈川支店))


