
遺伝子治療やバイオものづくりの分野で、今、「長鎖DNA」の合成技術が注目を集めている。その最前線を走るのが、神戸医療産業都市に拠点を置く株式会社シンプロジェン(以下、シンプロジェン)だ。同社は、一般的な大腸菌ではなく「枯草菌(こそうきん)」を用いることで、従来は困難とされた長鎖DNAの正確な合成を実現している。なぜ枯草菌に着目したのか、そして技術を社会実装するために必要な視点とは。創業メンバーであり、取締役エグゼクティブ・リサーチ・フェローを務める柘植氏に、その原点と未来への展望を伺った。
目次
インタビュー:「枯草菌」が拓く遺伝子治療の未来──世界最長のDNA合成技術を持つシンプロジェンが目指す社会実装
1. 研究の原点と「枯草菌」との出会い
――まずは、柘植様が研究の道を志したきっかけから教えていただけますか。
両親が研究者だったこともあり、幼い頃から「研究」という職業には強い興味を持っていました。当初は今のような生物学ではなく、電気や電子分野の研究者になりたいと考えていたのですが、大学進学の過程で化学(ばけがく)の道へ進み、そこで生物を使った研究室に入ったことが大きな転換点となりました。
当時の研究室では、まだヒトゲノムが全て解読される前の時代に、DNAシーケンサーの開発や、TGGE(温度勾配ゲル電気泳動)という手法を用いてゲノムの変異や種の違いを解析する研究を行っていました。DNAの配列を読み解き、ゲノム全体を把握しようとする研究に非常にワクワクし、DNAを取り扱う今の道へと進むことになりました。
――そこから現在のコア技術である「枯草菌」にはどのように出会われたのでしょうか。
大学院に進んだ際、「枯草菌(こそうきん)」という微生物に出会ったのがすべて始まりです。 当時から、枯草菌は大腸菌とは異なり、非常に大きなDNAを取り扱える可能性があることが分かり始めていました。私が研究対象としていた遺伝子も、大腸菌では扱えないようなサイズだったため、枯草菌を用いて大きなDNAを作る技術には将来性があると感じ、それ以来ずっと枯草菌の研究を続けています。
――その当時の出会いが、現在のシンプロジェンの事業に直結しているのですね。
そうですね。当時の上司が枯草菌を使って世界最大の長さのDNAクローニングに成功するなど、大きな成果を上げていました。私は、単に「大きなDNAが扱えた」という科学的な成果で終わらせるのではなく、これをなんとか社会実装し、世の中の役に立てたいと強く思うようになったのです。「私がやらなければ、他の誰もやらないのではないか」という使命感もあり、周囲の協力も得て起業に至りました。
2.遺伝子治療への貢献と、独自技術「OGAB®法」の強み
――現在、その技術を具体的にどのような分野で社会実装しようとされているのでしょうか。
最も大きな目標は、私たちが作ったDNAで人の命を助けることです。具体的には「遺伝子治療」の分野において、私たちの技術が大きなインパクトを出せると考えています。 遺伝子治療、特にAAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターなどを用いる場合、配列に誤りがなく、かつ安定した長鎖DNAが必要不可欠です。
――枯草菌を使う上での難しさや課題はあるのでしょうか。
枯草菌に人間のためのDNAを作らせることは、枯草菌自身にとってはメリットがないため、放っておくと自分にとって都合が良いように配列を変異させたり欠損させたりしてしまいます。そうしたことが起きないよう、いかに枯草菌をコントロールし、正確で安定したDNAを作らせるか。ここが私たちの研究の核心部分であり、ノウハウでもあります。
――他社が容易に参入できない理由はどこにあるのでしょうか。
実は、枯草菌(納豆菌も同種です)は独特の「匂い」や、殺菌が困難な「胞子」を作る性質があるため、扱いが難しく敬遠されがちなんです。また、酸素供給が絶たれると自己溶菌(自殺)してしまうため、培養時の管理もシビアです。私たちはそうした扱いにくさを克服し、逆に枯草菌の「許容範囲の広さ」GC含量の偏りや反復配列なども受け入れてくれる特徴を最大限に活かした技術を確立しました。

――御社独自の「ライブラリー事業」についても教えてください。
私たちは「コンビナトリアル・OGAB™法」という独自の技術を持っています。 長い遺伝子をデザインする際、例えば10個の遺伝子をつなげるとして、すべてを強く発現させれば良いわけではありません。強弱のバランスが重要です。私たちは、プロモーターの強度が異なるユニットを事前に用意し、それらを組み合わせて数千種類のパターンのプラスミド・ライブラリーを一挙に作製することができます。この手法により、最適な遺伝子発現の組み合わせを短期間で見つけ出すことが可能です。これは大腸菌にはできない、私たちだけの強みです。
――仕事をしていて、最も喜びを感じる瞬間はどんな時ですか。
私たちがご依頼いただく案件の多くは、「他社ではできなかった」「納品されなかった」という難易度の高いDNA合成です。それが私たちの技術で具現化できた瞬間、つまり世の中に存在しなかったものが生まれた瞬間に、研究者として大きな喜びを感じます。
3.クオリティへのこだわりと、次世代へのメッセージ
――事業を進める上で、欠かせない装置や環境について教えてください。
高品質なDNAをお客様に届けるためには、合成だけでなく精製と品質管理(QC)が極めて重要です。 具体的には、DNAを高純度に精製するための装置や、濃度を正確に測る微量分光光度計は必須です。また、特徴的なのが超遠心機ですね。私たちは塩化セシウム密度勾配遠心法を用いており、おそらく日本で一番、超遠心機を回しているラボではないかと思います。 そして、最終的な配列確認のための各種シーケンサーは生命線です。これらを駆使して、配列が正しいことを保証しています。
――最後に、これから研究や起業を目指す学生や若手研究者に向けてメッセージをお願いします。
研究の中で直面する「不思議な現象」や「驚き」を大切にしてほしいですね。私の場合、枯草菌が巨大なDNAを取り込んだ時の驚きが原点でした。そうした発見をスルーせず、突き詰めることが新しい技術の種になります。
そして、もし自分の技術で起業し、本気で社会実装を目指すなら、「特許」は絶対に避けて通れません。 大学のアカデミアの世界では「みんなに使ってほしいから特許は取らない」という考え方もありますが、ビジネスとして事業化するなら、権利関係が不明確な技術はリスクでしかなく、誰も投資できません。 「特許がない技術は、事業化においては無責任である」。厳しい言い方かもしれませんが、そのくらいの覚悟を持って、まずはしっかりとした特許を出願すること。これが、研究成果を社会に還元するための第一歩だと考えています。
【取材協力企業:株式会社シンプロジェン】

2017年2月設立、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科発の合成生物学スタートアップ。独自の長鎖DNA合成技術「OGAB®法」および「Combi-OGAB®法」を中核技術とし、人工遺伝子合成やDNAライブラリー構築サービスを展開しています。また、遺伝子治療に特化した「遺伝子治療バイオファウンドリ®」として、ウイルスベクターをはじめとする遺伝子治療用製品の設計・開発・分析までをワンストップで提供しています。
引用:シンプロジェンHP_ABOUT US
専門用語解説
枯草菌(こそうきん)/Bacillus subtilis
土壌や植物に広く存在する細菌の一種。納豆菌も枯草菌の変種に含まれる。大腸菌に比べて長大なDNAを取り込み、保持できる能力が高いことが特徴。シンプロジェン社の技術の中核をなす宿主微生物。
OGAB®法 / OGAB™ method (Ordered Gene Assembly in Bacillus subtilis)
枯草菌のDNA取り込み能力を利用して、複数のDNA断片を一度に連結・集積する技術。大腸菌では困難な長鎖DNAの合成を可能にする同社のコア技術。
TGGE / Temperature Gradient Gel Electrophoresis
温度勾配ゲル電気泳動法。ゲル内の温度勾配を利用して、DNAの点突然変異などを検出する解析手法。柘植氏が所属した研究室で取り組んでいた研究技術。
自己溶菌 / Autolysis
細菌が自らの酵素によって自身の細胞壁を分解し、死滅する現象。枯草菌は酸素供給が絶たれるなどのストレス環境下でこの現象を起こしやすいため、培養には適切な管理が必要とされる。
QC / Quality Control
品質管理。ここでは合成されたDNAの配列が設計通りか、変異や欠損がないかを確認・保証する工程を指す。
塩化セシウム密度勾配遠心法 / CsCl Density Gradient Centrifugation
超遠心機を用いて、DNAの密度差を利用して分離・精製する古典的かつ高精度な手法。非常に高純度なDNAが得られるため、シンプロジェン社では日常的に稼働させている。
2025年10月に開催したシンプロジェン参加の共催セミナーでは、最新の遺伝子合成に関するトレンドから、シンプロジェンの遺伝子合成のポイントについて解説頂いております。下記ページよりオンデマンド動画の視聴登録が可能です。
まとめ

シンプロジェンの神戸にある本社/R&Dセンターにてインタビューを実施させていただきました。
日本が誇るDNA合成技術について、これまでDNA合成に課題を感じていた皆様にお届けしたい記事となりました。
柘植様はじめシンプロジェンの皆様、取材協力ありがとうございました。



