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今回サイサチでは、フォーネスライフ株式会社Chief Technology Officerの和賀巌様にフォーネスライフが展開するSomaScan®(以下、SomaScan)の技術を中心にお話をお伺いしてきました。
SomaScanはタンパク質を網羅的に解析できるサービスで、特定の分子と特異的に結合する核酸のアプタマーを用いた解析を行えます。
インタビューでは、タンパク質解析の重要性、アプタマーのメリットなどをお伺いしています。
【特別インタビュー】
タンパク質解析で開かれる可能性!アプタマーで魅せる未来
和賀様はフォーネスライフ株式会社のCTOの他にもNECソリューションイノベータ株式会社ではシニアフェローを、北海道大学、東北大学では客員教授を、科学技術振興機構での未来社会創造事業では運営統括もされているとのことで、全国・海外を忙しく飛び回っているとのことです。
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インタビューの日も前日までイギリスでお仕事をされていたとのことでした。
なぜ今タンパク質なのか?
ーー早速インタビューを開始させていただきます。まずは和賀様のタンパク質やアプタマーに関する研究を始められた経緯を教えてください。ーー
「私は元々遺伝子の研究をしており、1990年代後半からはmRNAやGeneChipを利用したmRNAの発現解析の研究を行っていました。その研究から多くの知見が得られましたが、まだ解明できない部分も多く残っている状況の中で、2006年からアプタマーを使ったタンパク質の解析を始めました。当時は1つのアプタマーを得るのも非常に困難でしたが、SomaLogicとの共同研究を始めると、彼らは驚くべきスピードでアプタマーを開発していきました。そこで私は、個々のアプタマーの開発よりも、アプタマーを使った解析の時代がすぐに到来すると確信し、その方向で研究を進めていきました。」
ーー遺伝子の解析から、可能性を見出しタンパク質、アプタマーの研究を始められたんですね。それでは、今なぜタンパク質なのか?について和賀様のお話をお伺いさせてください。ーー
「人間を理解するという観点から見ると、遺伝子情報だけでは赤ちゃんからお年寄りまで同じ情報になってしまいます。mRNAは一時的な状態を見ることはできますが、体全体で何が起きているかを簡単に大量のデータとして得ることは難しく限界があります。そのような状況の中で、2010年頃から体内を循環しているタンパク質を網羅的に解析できるようになりました。当時は400種類ほどのタンパク質を見ることができ、これは大きな可能性を感じました。
現在私は、人は人のことを理解したいという思いがあると思い、JSTにおいて幸せやウェルビーイングの研究を行っています。タンパク質の定量データと組み合わせることで、データの中に潜んでいるはずの「幸せ」を読み解きたいと考えています。
このように血液中のタンパク質を網羅的に計測することで、病気の状態や発症予測まで可能になってきており、世界的にも最先端の研究成果が出始めています。この手法により、多くの研究者が平等に新しい発見をするチャンスを得られるようになったと考えています。」
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タンパク質は血液サンプルなどからも入手でき、時系列でも解析データを得られる点が重要な要因だ。
ーータンパクの定量だと病気や創薬といったところを想像しがちですが、そういう幸せとか、今まで我々が感情論で話していた事に科学的にタンパクで定量できるということに驚きました。タンパク質の解析は多くの可能性がありますね。ーー
「血液サンプルを持っている研究者や企業の方々も、タンパク質解析に容易にアクセスできるようになっています。そのため、様々な観点から人を理解できる時代になってきていると思います。創薬はもちろんのこと、これまで解明できなかった生物現象のメカニズムも、血液中のタンパク質を分析することで、その仕組みが明らかになってきている時代だと考えています。
最近、Scienceに「プロテオミクスの時代」(The revolution in high-throughput proteomics and AI)という短いエッセイが掲載されました。そこには、SomaLogicのような大量のタンパク質を測定する技術が急速に発展し、広く利用可能になってきた時代背景と変化が記されています。以前はこれほど詳細に大規模なデータを比較して研究することはできませんでしたが、今ではそういった研究領域が確立されてきたように思います。」
ーーそうですね、やはり和賀様の研究の初めも核酸やmRNAというお話でしたが、ゲノム解析が急激に発達し流行した時代から、徐々に今はプロテオミクスブームのような、プロテオミクス関連も新しい技術が盛んに出てきている時代を感じられているということですね。ーー
「はい。アプタマーを利用したプロテオミクスの重要な特徴は、データの再現性の高さです。メタボロームや糖鎖などの研究も進んでいるという話は聞きますが、場所を問わず同じような結果が得られる再現性という点で、プロテオミクスの時代が今まさに到来したと感じています。」
ーー再現よく使えるようになったきっかけとしては、人の技術の習熟度とかではなく、機械や試薬のクオリティが上がったということなのでしょうか?ーー
「再現性が向上した理由は、プロセスが完全に自動化され、決められた手順で実施すれば、どの場所でも同じ結果が得られるようになったからです。これはSomaLogicが実現してきたことです。特に微量な定量分析では、自動化が不可欠なのです。」
何故アプタマーがよいのか?なぜアプタマーを選ぶべきなのか
ーーここまでタンパク質解析が重要な点などをお伺いしてきました。ここからは、SomaScanの技術の根幹にもあるアプタマーについてお伺いしていきたいと思います。アプタマーを抗体と比較した際の利点などをお聞かせください。ーー
「はい、本当に私はアプタマーに魅了されているのですが、抗体と比べて、DNAを作るコストが大幅に下がっていて、メールで注文すると配列がすぐに送られてくる時代になりました。一方で抗体はまだそこまでいっておらず、ハイブリドーマか抗血清か、あるいはファージディスプレイで作るのか?といった選択肢があるものの、抗体の新規製造試薬はDNAのように2日程度で届くことは考えられません。これはビッグデータを作る上で非常に重要な意味を持っています。抗体はロットが変わるとパフォーマンスが変化してしまうんですよね。ある程度大量に作れたとしても、ロットが変わった瞬間に今までのデータが全てベースからずれてしまい、準備のやり直しになってしまいます。一方、アプタマーは合成で全て揃えられます。疎水性残基を導入できるような便利な人工核酸も使えるようになってきており、常に同じ品質のものが手に入ります。これは日本、中国、欧州、アメリカなで世界中どこでも同じクオリティで同じように測定ができ、ベースラインがずれないということです。これが一番の魅力になっています。ビッグデータを揃えるという一点だけでは、抗体には限界があると考えています。」
ーーアプタマーの可能性はすごいですね。ビッグデータをとり、その先ターゲットを絞ったアッセイを行なっていく際に、ウェスタンブロッティングですとか、ELISAですとか今の抗体ベースで行っている解析がアプタマーに取って代わるような未来もあり得るんでしょうか?ーー
「ありえますね。結合という点では、抗体と同等かそれ以上の親和性を持つアプタマーを多く作れることが大きな魅力です。また、ウェスタンブロッティングなどは従来、技術的なコツが必要でしたが、手法が整理され確立されてきたため、アプタマーが抗体に置き換わっていく分野が出てくるでしょう。」
ーー少し前からアプタマーに着目されている研究者のかたも多いと思いますが、抗体からアプタマーに切り替わるハードルはあるんですか?ーー
「技術的な障壁はないと思いますが、既に抗体で確立された解析手法をわざわざ切り替える必要はないでしょう。」
ーーなるほど、抗体でできるものはそのままで、抗体でできなかったところをアプタマーで補っていければよいみたいな世界ができてきそうですね。ーー
「面白いのはやはり、抗体の10分の1以下の分子サイズなので、通常のラテラルフローなどで使用すると、キャプチャー効率が高いです。10倍大きい抗体が待ち構えているよりも、10分の1サイズの小さいアプタマーがあることによって、測定対象を流すだけで効率よく結合します。スポットもきれいに出るなどの利点があります。このように、抗体では実現できなかったことが多く可能になってきているので、そういった性質を求めている研究者にとっては、ある領域で急速に置き換わっていく可能性があると思います。」
ーーたとえばさらにアプタマーがこんな進化を遂げる。みたいな未来はあったりしますか?ーー
「分子としてはまだまだ加工の可能性があると思います。私たちも様々な研究に取り組んでおり、たった1本のDNAで結合による構造変化と酵素反応を同時に起こし、色の変化として可視化できるという研究成果を既に論文発表しています。この分野にはさらなる発展の可能性がありますね。また核酸医薬は抗体医薬と異なり、結合による構造変化を利用して新しいモレキュラースイッチを生み出せる可能性があります。この方向性で研究を進めている研究者たちには、大きな可能性が広がっていると感じます。」
ーー可能性をすごく感じるところですね。
核酸の性質による可能性ってことだとは思うのですが、DNAとRNAを比べるといかがでしょうか?ーー
「DNAの方が現時点では進んでいますが、どちらも魅力的です。DNAは安定性が高いため、大量生産での実用化が先に実現すると考えています。一方、RNAは細胞内での機能制御など、新しい応用方法が次々と登場してきており、非常に興味深い展開を見せています。RNAは分子の背骨が柔軟なため、より多様な構造変化が可能です。また、酵素反応の組み込みについてもRNAの方が優位性があると考えています。」
ーーRNAはその安定性の担保に課題を感じますが、進化の可能性をすごく感じますね。
アプタマーの人以外への応用みたいなところはどうでしょうか?ーー
「微生物の研究も非常に興味深い分野です。微生物ではモレキュラースイッチが既に数多く解明されています。生物学における核酸は共通の基盤ですから、アイディア次第で様々な可能性が広がると考えています。」
ーーアイディア次第で可能性は広がっていますね。もっとアプタマーを研究テーマに取り組んでくださる研究者の方が増えると、どんどん活性化していきそうですね。ーー
SomaScanの事例、現在のトレンド
ーー続いてサイサチ受託カタログにも掲載をさせていただいている、「SomaScan」について活用事例などをおしえていただけますか?ーー
「SomaScanサービスは決して安価ではありませんが、一度に約11,000種のタンパク質を測定可能というスケールの大きさを踏まえると、価格以上の価値をご提供でき、再現性の高い精緻な測定のため、たくさんの方々が利用されています。ヒトのタンパク質を網羅的かつ再現性高く定量でき、ブリッジサンプルなしで世界中の研究室とデータ比較できるプラットフォームとして、非常に魅力的です。1検体あたりのコストは高めですが、包括的なタンパク質測定の機会を提供できるよう、サービスの改良を進めているところです。
測定対象は血液やプラズマだけでなく、培養上清や尿、唾液など、タンパク質を含む様々な液体試料に対応しています。現代では多様な生体情報の取得が求められていますが、各試料に最適化されたプロトコルを開発し、高い再現性での測定を実現しています。
Nature、Science、JAMAなどの一流誌では、毎月のように新たな発見が報告され、新しいバイオマーカーが同定されています。これらは生物学的反応や疾患状態の把握だけでなく、将来予測の鍵となるバイオマーカーも含まれており、この傾向は今後数年続く重要なトレンドだと考えています。
さらに、人工環境や高度化する細胞培養技術において、細胞間相互作用の解明も進んでいます。従来は注目する因子の量的変化のみを観察していましたが、SomaScanでは7,000から11,000種類のタンパク質のダイナミックな変動を包括的に捉えることができます。まさにそういった時代に突入したと実感しています。」
ーーサービスの概要を拝見させていただくと、最大約11000種類のタンパク質を測定できるというのは、格段に多いかなと感じました。網羅的にここまでのタンパク質を測定できるのは、アプタマーの技術があったからこそですね。
一方で、膨大なデータが出てきたとき、研究者の方が解釈を自分たちだけで行うのが難しいケースもあると思いますが、そのあたりのフォロー体制などはいかがでしょうか?ーー
「バイオインフォマティクスなど、データ解析面でのサポートも提供させていただいているケースがあります。得られる情報量が圧倒的に多く、これまでの解釈とは全く異なる現象の発見につながっているようです。」
ーー抗体を使用した網羅的な解析をしたり、全くやったことない方がやることで、新たな可能性が見えてきそうですね。ーー
「抗体での測定の場合、2つの抗体でタンパク質の2ヶ所をつまむ必要があるのですが、検体中のタンパク質はトランケーションやスプライスバリアントなどで、遺伝子配列の全長の分子が意外と少ないんです。そのため、2割ほどは一方の抗体が結合せず、ELISAができないことがあります。一方、アプタマーの場合は1つで1ヶ所をつまむだけでよいので、より多くのタンパク質を測定できるという利点があります。」
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アプタマーはDNAの発現転写制御レベルの小さい仕組みの中のものなので分子サイズが小さく、小さいタンパク質を捕捉しやすい。
また、サンプルにPCRバイアスをかけることなく測定できるところも特徴だ。
ーーこれまで抗体で見られていたサンプルでも、SomaScanではまた別の切り口が出てくるとうことですね。ーー
「メリットは間違いなくあります。また、永続的に同じプローブで測定できるため、一度取得したビッグデータを継続的に活用できるという特徴があります。さらに、タンパク質の一箇所を正確に捉えて数値化できるという点も重要です。この特性により微量定量が可能となり、質量分析では検出できないものでも高い再現性で測定できることが、SomaScanの大きな利点として実証されています。」
ーー日本全国の研究者の方に見ていただきたいサービスですねーー
「うまく活用していただくことで、先生方の研究資産を将来にわたって継続的に活用できます。そのような価値のある測定データを提供できる体制が整っています。」
ーー再現性ってところが本当に重要ですね。ーー
「そう思います。せっかく発見された貴重な研究データですから、SomaScanでは確実に活用できる質の高いデータを取得できます。」
ー-SomaScanの有用性、可能性がとても良くわかりました。ありがとうございました。ーー
関連書籍紹介
人生100年と言われる時代、高齢になっても健康を保ち日々を楽しく過ごすことは重要なテーマとなっています。すでに医療の世界では、従来の「病気を治す」ことから、「病気を予測し、未然に防ぐ」ことに重点を移してさまざまな研究が進められています。
本書では、約40年にわたり先進医療とヘルスケアの研究・事業化に携わってきた著者の和賀巌氏が、血中タンパク質を用いた疾病リスク予測の仕組みから具体的な生活習慣改善方法までを詳しく解説します。
また、「疾病リスク予測」の具体的な手法として、著者が開発に携わった、少量の血液(※1)から約7,000種類のタンパク質を解析し、数年後の病気のリスクを予測する「フォーネスビジュアス検査」が紹介されています。
第1章 現代人にとってますます重要度を増す健康問題
第2章 “今のライフスタイル”が将来の健康を左右する
第3章 約7,000種類のタンパク質から「未来の健康」を読み解く
第4章 ライフスタイルの改善で疾病リスクを下げる
第5章 病気は予測し防ぐ時代へ
※1:2mLまたは5mLの採血。
和賀様からコメント
本書は、ビッグデータ時代だからこそ可能になった新しいヘルスケアの在り方について論じています。従来の日本の医療現場では、患者は病気になってから病院を訪れ、混雑した待合室で長時間待たされ、医師との十分な対話の時間も取れない状況でした。しかし、これからは予測医療と予防の時代へと変わっていきます。生活習慣病は8割が予防可能と言われており、残りの2割の感染症や怪我などの緊急性の高い症例に、医師がより多くの時間を割けるようになることが期待されます。
私たち以外にも、予防医療や未病の分野で尽力されている医療従事者の方々がいらっしゃいます。そういった方々との協力のもと、より良い医療環境を作り出し、そこから自然と生まれる幸せを実現できればと願い、本書を執筆しました。
あとがき
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新木場リンクラボにあるフォーネスライフ様のラボにてインタビューをさせていただきました。
網羅的にタンパク質を解析できるサービス「SomaScan」のメリットをお伺いでき、多くの皆様に活用いただきたいサービスだと感じました。
タンパク質解析で拓ける、新しい可能性をひしひしと感じるインタビューとなりました。
和賀様をはじめ、フォーネスライフの皆様、インタビューにご対応いただき、誠にありがとうございました。