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【特別インタビュー】摂理を探究、老化研究の魅力と課題

2025年1月7日 実験医学コラボ
 

本シリーズでは、羊土社「実験医学」の特集をテーマに若手研究者向けに研究のヒントやソリューション情報を提供しています。
今回は実験医学増刊 Vol.42 No20「細胞老化―真の機能を深く理解する」を編集された大阪大学 微生物病研究所 分子生物学分野 教授 原 英二先生のラボにお伺いし、現在の研究迄に至った経緯や老化研究の魅力・今後の課題などをお伺いしてきました。

目次

  1. 原先生特別インタビュー『摂理を追求、老化研究の魅力と課題』
    • チャレンジ・経験の連続「細胞老化研究への軌跡」
    • 老化研究の魅力と課題
    • 先生の研究を支える装置
    • 若手研究者へのメッセージ
  2. 羊土社「実験医学増刊 Vol.42 No20 」のご紹介
  3. あとがき

原先生特別インタビュー『摂理を探究、老化研究の魅力と課題』

大阪府吹田市にある大阪大学微生物病研究所、分子生物学分野で細胞老化の研究を行っている原 英二先生にお話をお伺いしてきました。

チャレンジ・経験の連続「細胞老化研究へ軌跡」

細胞老化研究へ進むきっかけ・大学研究室での経験

まず、研究の道に進むきっかけについてお伺いしました。
原先生は高校時代に読んだ本をきっかけに、遺伝子による疾患や老化との関係に興味を持ち、分子生物学という当時は新しい学問に魅了されました。そして、東京理科大学に進学し、ウイルスが持つがん遺伝子の研究を行われていた小田鈎一郎先生の研究室に所属されます。

大学院修士課程では「細胞老化誘導にかかわる遺伝子のクローニング」をテーマにしたいという目標がありましたが、小田先生からの許可が頂けず、研究室のテーマであったがんウイルスの研究に取り組みました。厳しい研究生活の中で分子生物学の基礎的な技術や研究の進め方などを学ばれましたが、修士課程を修了後は「若い時にしかできない違うことをやろう。」という思いから海上自衛隊に入隊され、幹部候補生として、様々な訓練を経験されました。
先生はお話の中で様々な大変な訓練の様子を教えてくださいましたが、「修士課程の時の研究室での日々の方が精神的にはもっと厳しかった。」と笑顔で語られました。その後先生は、「やっぱり細胞老化の研究をしたい」という想いに突き動かされ、小田先生に相談され、大学院博士課程に入学し、細胞老化に関する研究を始められました。

海外での研究経験・日本にない研究システム

博士課程修了後の留学経験についても教えてくださいました。
博士課程修了後、原先生はカリフォルニア大学バークレー校を経て、1995年に当時イギリスのロンドンにあったImperial Cancer Research Fund Laboratoriesに移動されました。ここで効率的な研究環境と活発な共同研究の文化を体験されました。
「そこではコアファシリティ(研究の核となる共通設備・機器の運用が整っている体制)があり、細胞を調整してくれたり、セルソーティングなどを行ってシステムがあり効率がよかった。」と効率的な研究環境と活発な共同研究文化を教えてくださいました。自身の研究に集中できる環境での研究を経験され、先生が探されていた細胞老化を誘導する重要な遺伝子の一つがp16というがん抑制遺伝子であるという事を発見されます。その後、イギリスのマンチェスターにあるPaterson Institute for Cancer Researchのグループリーダーを務められ、p16遺伝子がどのように発現し、不可逆的に細胞周期が止まるのかに関する分子メカニズムを中心に研究を進められました。

再度日本での研究。研究は細胞からマウス、臨床サンプルへ

 2003年に日本に戻られ、徳島大学にて教授に就任されます。徳島大学では培養細胞を用いたp16遺伝子の機能解析を行う傍ら、p16遺伝子発現イメージングマウスを作成され、個体レベルでの細胞老化研究を進められます。
 その後、東京の公益財団法人がん研究会がん研究所で更に研究を続け、肥満したマウスでは腸内細菌の代謝物によって肝臓の肝星細胞で細胞老化が起こり細胞老化を起こした細胞(老化細胞)が分泌する炎症性物質によって肝がんが引き起こされる事を発表されたことがきっかけで、現在の大阪大学微生物病研究所へと移動され細胞老化誘導における微生物の関与について研究を行っておられます。原先生の「細胞老化」に関する摂理の探究は今も続いています。

※2013年に発表された腸内細菌代謝物と肝臓がんの関係に関する論文です。
Yoshimoto, S., Loo, T.M., Atarashi, K., Kanda, H., Sato, S., Oyadomari, S., Iwakura, Y., Oshima, K., Morita, H., Hattori, M., Honda, K., Ishikawa, Y., *Hara, E.(責任著者) & Ohtani, N. Obesity-induced gut microbial metabolite promotes liver cancer through senescence secretome. Nature, 499: 97-101(2013)

老化研究の魅力と課題

好奇心の追及、老化研究が魅せてくれる世界

研究の始まりには2通りあると先生は教えてくださいました。
1つ目は「何か目的があって、例えばある病気を治したい、何でこういう病気が起こるんだろう?というモチベーションを持った研究」2つ目は「なんでこういう生命現象が起こるんだろう?という単純な好奇心による研究」、先生の研究スタイルは2つ目の好奇心に起因するものとのことでした。人間を含めたすべての高等動物に起こる「老化」という現象、その自然が作り出したルールを明らかにすることはとても魅力的であるとお話される横顔からは先生が高校生の頃に感じられた自然の摂理に対する疑問を理解するために没頭されている喜びが感じてとれました。
その研究は独りよがりではなく、解明されたルール(成果)が今すぐには役にたたない事かもしれないが、次の世代が幸せになるためのパズルのピースとして正しく伝えることが大切でとても魅力的な研究テーマとなっています。

アカデミアで研究するという事、次の世代へのバトン

また、大学の研究室(アカデミア)で研究を続ける先生だからこそ、研究に対する熱い思いも教えてくださいました。現在はアカデミアの研究でも出口(利益)を求められる事が多い中、目の前の疑問に立ち向かい(その結果として人の役に立つなら尚良いが)単に利益を目的にしたような研究はしていないと断言をされていました。
「それはそのような研究が得意な人に任せれば良い。自分は純粋に自然の摂理の理解を追及し、それを次の世代にバトンタッチする…(中略)…真実を次の世代へ繋げていく事を現役の間はやっていきたい。」と強い心意気を教えてくださいました。

一方で様々な経験をされた先生だからこそ、研究のモチベーションを保つ大切さも教えてくださいました。
「研究をしていると常にわくわくし続けるというわけではない。やってもダメ、やってもダメ…の時にどのように自分のモチベーションを保つかが重要。コツコツとやっているとたまに思いもよらないブレイクスルーに巡り合うことがあり、そのような経験ができたときにはこの上ない幸せな気分になる。」
このような言葉で、どうなるか分からない結果を積み重ね、ブレイクスルーにつなげることに対する喜びを教えてくださいました。大学で研究をするという事の大変さ、楽しさをご存じの先生だからこそのお言葉だと感じました。

細胞老化の課題、再現性の確保と安易な結論づけへの警鐘

細胞老化研究の課題についてもお伺いしてきました。研究に真摯に向き合う先生だからこそ感じる危機感と警鐘を教えてくださいました。

私が細胞老化研究を始めた35年前は細胞老化の研究はは主に培養細胞を用いて行われていたため、細胞老化が本当にがんや個体老化に関係しているという確証がありませんでした。しかし、米国や中国を中心に細胞老化の研究者が増え、生体内で老化細胞が確かに起こっており、元々はがん抑制として働くはずの細胞老化が、その副作用として炎症性物質を分泌するという現象を起こすため、加齢に伴う生体機能の低下や疾患の発症(いわゆる老化)につながっていることがわかってきているといいます。 しかし一方で魅力的なストーリーではあるが再現性の取れない論文が多くなっていることに危機感を感じていることを教えてくださいました。
「老化のような社会の注目を集める分野であればあるほど、こういう薬を飲んだら若返りますとか、老化は病気です、体内から老化細胞を除去すれば老化は治りますとか、軽々しく言うんじゃなくて、もっと慎重になるべきだ。」
と先生はおっしゃいました。
今回の実験医学でも、「細胞老化のメカニズムをきちんと明らかにし、ご自分の研究成果を正直かつ、慎重に書いてくださいと全執筆者にお願いした次第です。」とのことでした。

コツコツと研究を積み重ね、自然の摂理を追求する先生だからこそ、信頼性の乏しいデータに誇大広告的な誤った解釈を加えて「サイエンスがどんどん歪んでいく」事への危機感を感じているとのことでした。

先生は現在、他の研究者たちと協力して、コンソーシアムを作り、細胞老化関連分野における有名な論文の再現実験も行っているとのことです。このような試みは、一見否定的にも見えますが、長い目で見れば若手研究者の育成、日本の科学技術の底上げにもつながる素晴らしい取り組みだと感じました。

※今回の実験医学増刊の特集では、謙虚に足元を見直し正しい(再現性のある)老化研究に再度取組む必要があることを伝える内容となっています。

先生の研究を支える装置

「老化」という現象は個々の生物にとっては不利益なことかもしれないが、集団としてみれば生物が「進化」するために獲得した有益なツールであるとも捉えることができ、生命現象の摂理を様々な方法で解き明かして行くことに興味がある…と語る原先生は、「老化」の一因である可能性が高い「細胞老化」という現象を正しくとらえるため、NGS、顕微鏡、MS解析など様々な手法を適切に取り入れて正しい答えを探求されてきました。その中で、今回はセルソーターとセルアナライザーをご紹介頂きました。

セルアナライザー

セルアナライザーとしてはライフテクノロジーズジャパン社のInvitrogen™ Attune™ NxT Flow Cytometerをご紹介いただきました。

セルソーター

続いてソニー社のコンパクトなセルソーターをご紹介いただきました。
製品はとなりのアナライザーと並び、実験室のアクセスのしやすい場所に設置されていました。

若手研究者へのメッセージ

多くの経歴をお持ちの先生だからこその若手研究者の皆様へのメッセージをいただきました。
「いろんなところへ行って経験したほうがよい、おすすめは海外へ行ったほうがよいし、できれば海外でも2、3箇所で働く経験した方がよい。」
と語られました。特に小さい諸国が集まるヨーロッパの方がアメリカより日本にとって参考になる部分が多いため、アメリカだけでなくヨーロッパでの経験をおすすめされていました。
また、困難な経験も自己成長の機会として捉え、立ち向かうことの重要性を教えてくださいました。ご自身が出会ったロンドンの研究所でのボスとの出会いをいい人に巡り合えたとおっしゃられ、「新しいところに飛び込んでいかないとできない(経験がある)。」と勇気を出し経験を積むすばらしさを教えてくださいました。
 ご自身の経験をもとに、データに真摯に向き合うことの重要性、研究者としての根幹を大事にする重要性を若手研究者へのメッセージとして語られました。

日本のアカデミアでの研究のすばらしさや重要性を再実感するインタビューとなりました。世界の良いシステムを取り入れ、日本の研究現場の盛り上がりを期待したいと思います。

羊土社「実験医学増刊 Vol.42 No20 」のご紹介

インタビューに応じて頂いた、原先生が編集に参加された「細胞老化ー真の機能を深く理解する 疾患予防・治療に向けてセノリティクスの本質的な課題に挑む」ではインタビュー内にもありました通り、細胞老化研究における内容を慎重かつ丁寧にご紹介しています。

実験医学増刊 Vol.42.No.20購入申し込みフォーム

今回ご紹介の羊土社「実験医学増刊 Vol.42 No.20」をご購入・お問合せ希望の場合はフォームを記入の上送信ください。
追って担当営業よりご連絡申し上げます。

概論

「細胞老化」とは、分裂能力を有する体細胞が、さまざまなストレスに応じて不可逆的に細胞分裂を停止する現象であり、長い間、がん抑制機構として機能していると考えられてきた。しかし、近年の研究により、細胞老化を起こした細胞(老化細胞)が、炎症性サイトカインなどの分泌因子を高発現するSASP(senescence-associated secretory phenotype)とよばれる現象を伴うことが明らかになってきた。このため、細胞老化はSASPを介して生体機能の低下や疾患の発症に寄与している可能性が示唆され、健康寿命の延伸に向けた治療標的として注目を集めている。しかし、実験結果の再現性の欠如など、慎重さを欠く論文も散見され、矛盾する結果も多々あり、細胞老化の研究分野はいま混乱が生じている。また、論理の飛躍を伴う過度なアピールがみられる論文も存在する。相反するデータや仮説を報告し、議論を深めること自体は科学の進歩にとって重要だが、論文として発表する前に、基盤となる実験データや解析方法に問題がないかを慎重に確認しておくことはきわめて重要である。特に、健康長寿など社会の注目度が高い研究分野においては、細心の注意が求められる。以上を踏まえ、本稿では細胞老化研究の現状と問題点を概説し、細胞老化研究を真に発展させるために必要な注意点について考察する。


引用:『実験医学増刊 Vol42 No.20「細胞老化ー真の機能を深く理解する 疾患予防・治療に向けてセノリティクスの本質的な課題に挑む」』

https://www.yodosha.co.jp/yodobook/book/9784758104234/3.html

あとがき

インタビュー中の様子。
わかりやすくお話を頂きありがとうございました。

インタビュー前に先生の経歴を拝見し、インタビューに臨みましたが、文字に書かれた経歴では読み取れない先生の経験に基づいた深いお話を直接お聞きすると圧倒されました。
今回のインタビューは「経験の重要性」「再現性のとれる実験の重要性」を伝えたい回となりました。多くの若手研究者、研究職を目指す皆様に届いてほしいと願います。

原先生並びに微生物病研究所分子生物学分野の皆様、インタビューにご対応頂き誠にありがとうございました。

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